黒田中尉は、基地上空で旋回していたヴィスコンティ大尉と合流する。 「早かったな、中尉」 「カールスラント純正は流石って感じです」 「それじゃ、行こうか」 「了解」 二人はネウロイ発見報告のあった戦域へと向かう。 「アイザック、そっちは?」 「ん~もう近い部隊が上がってきてますね」 その報告に、黒田中尉はやきもきとする。 「どうした中尉、手ぶらで帰っても給料の心配はないぞ」 「でも!目に見える数字ってのも大事です!」 黒田中尉は、自分が華々しいスーパーエース達と同列の存在と感じたことなど全くないが、 その働きは軍上層部にも評価されていたし、それがあってこそ506部隊へ推挙されたのである。 分家のままでは立場が悪かろうと本家への養子に迎え入れられた際、以前とは手のひらを返した 態度を見せた本家の人々に、いささか辟易とした彼女であったが、別に意趣返しをしてやろうと 言うつもりもない。 そこそこの働きをしてみせることで、国なり本家なりから一圓でも多く毟ってやればいいのだ。 出来れば後腐れなく、喜んでお支払いいただけた方がいい。 だから、それなりの戦果に対しては欲のあることは否定しない。 そんなことを考えながら、黒田中尉は出撃の報があってからの僅かな違和感が 心の片隅に引っかかっていた。 「ああ!」 それに気づいた中尉が大声を上げる。 「おい、驚かせないでくれ、中尉」 「あ、すいません、そんでですねえ、アイザックて!まさかとは思いますが!」 「ん、そのことか、自分の目で確かめてみたらいい。ほら、もう見えてきたぞ」 ヴィスコンティ大尉は努めて平静を装っているが、可笑しさを隠しきれていない。 アイザックと呼ばれたそのウィッチは、二人の姿を確認すると、するりと編隊の位置に滑り こんできた。胸に地図入れのついた古風な狩猟コート、モスグリーンのハンチング帽、 明るいブラウンのショートヘアから、ふさふさした薄茶の耳が垂れている。 コートの裾からは短めの尾。スパニエル系かな?と中尉は推測した。 ストライカーはブリタニアのスピットファイアMk22。標準的なブルー・グリーン系 迷彩で、スピナーに鮮やかな青ラインが入っている。 ボーイズ対戦車ライフルを所持していることから、隊のスナイパー担当だろうか。 「はじめまして、黒田中尉ですね」 「あ・・・はい・・・」 彼?から声を掛けられた中尉は、なんとも中途半端な返事を返す。 その声は男の子とも女の子とも、どちらと言ってもいい声質で、整った顔立ちと上品な 笑顔も、これまたどちらと言いがたい。明るいブルーの瞳で見つめられて、黒田中尉は どぎまぎとしてしまう。 古来、魔力を使役した男性というのは確かに存在していたが、それは魔法が当たり前の この世界においても、昔話や伝承の域にある話だ。 そのような人物が現役のウィッチ?として、周囲の注目度の高い特設部隊に参加なんて・・・ 黒田中尉は、その疑問を払拭すべくアイザックの後方へと回り込んだ。 ぴっちりとしたタイツ状で、股下20センチあたりが丈の黒ズボン。それを後方から しげしげと見入る。 「黒田さん・・・?」 至近距離から股間を凝視されると、さすがにアイザックも居心地が悪い。 「はは!こりゃ一本とられたな、イザベル」 ヴィスコンティ大尉の陽気な声に、黒田中尉は我に返る。 「へ?イザベル?」 「はい、イザベル・デュ・モンソオ・ド・バーガンデール。ベルギカ出身ですが、 ブリタニア空軍のお世話になってます。」 アイザックと飛ばれたウィッチは答える。 「アイザックてのは?」 「話せば長いが、イザベルの別名・・・愛称みたいなもんだ」 「え?結局・・・」 「女性ですよ」 「ほんとに?」 「おいおい黒田、まさかここでイザベルのズボン脱がせて確認するとか言い出すなよ」 「どうしてもと言うなら・・・」 ズボンに手を掛けたイザベルを見て、慌てて黒田中尉は止めに入る。 「も、もう、いいですよ!私が担がれてたってことですよね!」 照れたのか怒ったのか、顔を赤くする中尉。 「そういうことだ、イザベルは少尉だから、この隊では唯一黒田の部下になる。  が、こいつはおまえさんよりは大人だぞ。あと、ジョークがきつい。慣れろ」 「改めてよろしくおねがいします、黒田中尉」 「うん・・・よろしくね!」 差し出された手を握ると、なるほどこれは女の子だな、と中尉は実感した。 「あ、ところでもう、終わっちゃったみたいですね」 「ええ!?」 見れば、破壊されたネウロイの破片が既に青空に溶けかかっている。 この戦闘に参加した他部隊のウィッチ達が、喜びと勝利を告げる航跡を めいめい空に描いていた。 「ああ、そうみたいだな。帰るか」 「ええ~~~~」 黒田中尉の506発出撃は、こうして締まりのない終わりを迎えたのである。 --戦いすんで-- 「で、どうじゃった?」 「上がったときには終わってたよ。特筆するようなことはなにも無し」 ヴィスコンティ大尉は、報告もそこそこに、お気に入りのコーヒーを手にとって くつろいでいる。 「拍子抜けじゃったな、中尉」 突然ウィトゲンシュタイン大尉から話を振られ、黒田中尉はまた素っ頓狂な返事をしてしまう。 「ひゃい!・・・残念です」 「まあ、中尉の実力は追々見せてもらうとしよう。家柄だけでここに来たと言われんようにな」 先ほどのばたばたした出撃もあってか、ちくりと釘を刺された格好の中尉だが、 その受け取り方は全く違った。 「ええ?!家柄が重要なら私なんて初めから候補外です!慌てて本家に籍入れられた貧乏 分家の出身ですもん!」 悲壮感どころか、その立場を楽しんでいるかのような口ぶりの中尉に、ウィトゲンシュタイン大尉の お説教は、またも不発に終わったのであった。