506の両大尉が、監視所から送られてくる無線に聞き入っている。 「ふむ、中型と小型の混合か・・・ たいした物ではないようじゃな。頼めるか?」 「了解」 ヴィスコンティ大尉が出撃準備に入る。 大尉の頭に現れたのは、野性味を感じさせるネコ科タイプの三角耳。 三角形の頂点に、ひときわ目立つ長い飾り毛が伸びている。 「珍しいだろう、カラカルって言うんだ」 しげしげと見入る黒田中尉に、大尉はそう説明してくれた ロマーニャ製では最高クラスの性能と評判の高い新鋭機、mc205Vヴェルトロ。大尉の機は、 腹側がライトブル-、背側が二色のグリーンで迷彩され、スピナー部は白色で塗装されている。 慌ただしく発進準備が進むなか、黒田中尉は大尉に声を掛ける。 「お一人で大丈夫ですか?」 「ああ、上にもう一人いるから、大丈夫だ」 「上?」 「ちょうど哨戒中のがいてね」 そういうと、大尉は傍らの無線機で、上にいるというウィッチと通信を始めた。 「アイザック、どうだ?」 「まだ視認してませんが・・・先行しましょうか?」 無線のノイズ混じりであったが、返事の声は少年にも聞こえるような、中性的な響きがあった。 「いや、無理しないでいい。私もすぐにでるから、上で合流しよう。どのみち、私らの獲物は 残っていないかもな」 501がガリアを解放してのち、カールスラント、オラーシャなどの最前線を除いては、 比較的戦況は安定していた。ブリタニアと違い、渡洋進出の必要はなく、部隊の展開、 補給が陸路でまかなえるため、防衛態勢の強化が以前より容易であるのだ。 出撃しないでいい、と言われた物の、黒田中尉としては、先日の汚名返上としたいところであった。 しかし、扶桑から持ち込んだストライカーが不運にもエンジントラブルで、早速整備には 回してもらったが仕上がりにはほど遠い。 どうした物かと辺りを見回した中尉の目が、ハンガー隅にひっそりと置かれたストライカーを捉える。 カールスラントの名機、bf109K型である。 ぴかぴかに磨かれた新品同様の外観であるが、反して置物的な未使用感はない。 「あの、あれなんですけどぉ」 「うん?わらわの予備機じゃが、なにか?」 「あれって、使えるんですか?」 「当たり前じゃ。緊急時の予備じゃからな」 「今すぐにでも?」 「いつ何時でも使えねば緊急時の用を成せんではないか。うちの整備陣は万全じゃ」 その言葉を聞いた整備兵達は、忙しい手を休めることはなかったものの、まぶしい眼差しを ウィトゲンシュタイン大尉に向けた。 「じゃ、あれ使います!」 止める暇もなく、黒田中尉はbf109ストライカーに駆け寄る。 「整備さん、回しちゃって!」 とはいえ、言われた方は困惑しかできない。ウィトゲンシュタイン大尉にお伺いの視線 を向けると、 「よい、使わせてやれ」 「ありがとうございます!」 礼もそこそこに、中尉は発進準備にかかる。 黒田中尉の使い魔は柴犬。太い巻き尾が、華族にのみ許されるという、藤色の袴を持ち上げ、 小振りなお尻があらわになる。 ちょっとおどおどしているが、優しい性格のこの使い魔が、中尉はたまらなく愛おしい。 「黒田中尉は仕事熱心だな!上で待ってるぞ」 面白そうにそれを見ていたヴィスコンティ大尉が、一足先に飛び立つ。 「ん~エンジンよし、ふんふん、マルキューは初めてだけど、大丈夫!」 「なに!?」 「液冷は扶桑でも経験あるからいけます!」 「いや、おい、待て!」 黒田中尉は構わず発進態勢に入り、魔方陣がハンガーの床一面に広がる。 「待たんか、ええい!」 ウィトゲンシュタイン大尉の心配事は、エンジン形式ではなく、bf109の離着陸性能であった。 滑走時に路面近くに発生するエーテル流との相性が悪く、路面状態の如何では、ベテラン ウィッチでも離着陸時の転倒事故が珍しくなかったのである。 名機と言われたbf109の、熟成したK型においても、この問題の根本的な解決はされていなかった。 「行きます!」 黒田中尉は、はじかれたような勢いでハンガー内から滑走路に躍り出る。 普通滑走路までは低速でタキシングするのだが、整備用具やクレーン等で雑然とした ハンガー内からトップスピードに乗せてくる。 「よっと!」 軽業師めいた動きで障害物をかわし、中尉はそのまま一気に空へと駆け上がっていった。 残されたのは、唖然とした整備兵達と、憮然としたウィトゲンシュタイン大尉である。 「・・・まあ、腕はいいのかの・・・」