--着陸-- セダン基地滑走路へのアプローチに入った黒田中尉の目に、一人のウィッチが留まる。 滑走路の端、ちょうど基地施設への入り口に当たる部分で、黒田中尉を待ち受ける形になっていた そのウィッチは、事実黒田中尉を待ち受けていた。 遠く扶桑からの長旅を終え、無事に着陸を済ませた黒田中尉であったが、安心する暇もない。 B基地で手入れしてもらったとはいえ、完調とは言えぬストライカーの様子に、眉根を寄せた 黒服のウィッチが立ちはだかっているからだ。 長く豪奢な金髪、黒字に赤のパイピングがほどこされた制服の胸に、銀糸の鷲章が輝いている ことから、そのウィッチがカールスラント空軍所属であることが見て取れた。 「黒田中尉じゃな」 「あ、はい、黒田那佳、扶桑陸軍中尉であります」 「ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン。  カールスラント空軍大尉。506の戦闘隊長をやっておる」 「え・・・あのう・・・」 矢継ぎ早に情報を浴びせられ戸惑う黒田中尉に、「またか」と言う感情を隠しきれない口調で続ける。 「・・・ウィトゲンシュタインでよい。こちらだ、グリュンネ少佐が待っておる」 「は・・・はい・・・あのう・・・戦闘隊長さんがわざわざお出迎えに・・・?」 「ふん、基地を間違えて意気揚々と着任報告に行ったという”うっかり物”が、  どのような奴か気になったのでな」 ウィトゲンシュタイン大尉としては、初めて欧州の地を踏むような相手に向かって、 ことさらに難詰するような意図はなかったのだが、それでも言い訳の一つもあれば、 ここではそのような物は通用しないのだ、という厳しさを見せるつもりでいた。 何事も初めが肝心である。のだが。 「申し訳ありません!」 ただ頭を下げられ、その大声にハンガーの整備兵達が何事かと集まってくる状況は、 大尉としてもばつが悪い。 「な・・・ふん、反省はしているようじゃな。おまえ達も、仕事に戻れ!」 「はあああ・・・言い訳次第もございません」 「その件はもうよい。グリュンネ少佐に着任の報告をしてまいれ」 「ほんとですか!」 「な・・・!?」 「何か罰とか・・・そのう、具体的には減給とか・・・」 これには大尉も面食らった、と言うか毒気を抜かれたようだ。 「わらわはそんなことまで管理してはおらん。どのみち、この件の沙汰無しは決まっておるから安心せい」 「わあ・・・よかった!」 明日死ぬと言われたような様子が一転、足取りの軽さがスキップ寸前の域に達している 中尉の背を、ウィトゲンシュタイン大尉は呆然と見送るほかなかった。 --着任-- 「黒田那佳、扶桑陸軍中尉、着任の報告にまいりました。」 通された部屋の、貴族部隊とは思えぬ質素さ、とはいえ、寒々しい印象でもなく、 手入れの行き届いた作家の書斎と言った趣に、中尉は好感を抱いた。 ロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネ少佐は、ブリタニア空軍所属ではあるが、 ガリア・ベルギカの伯爵家の跡取りで、黒い詰め襟と、白いタイツにブーツという 制服は、ベルギカ側の親族から受け継いだ物である。 現代の目でみれば、実戦に使う物としては装飾過剰な印象の制服であったが、少佐は元々前線指揮は 取らない名誉隊長職であり、むしろ前時代的で古風な「貴族軍人」を感じさせる出で立ちが、 人々に好感を与えていた。 少佐と対面した黒田中尉は、深い青緑の目、色素の薄い金髪を三つ編みにし、さらにそれを うなじのあたりで丸くまとめた姿に、おとぎ話のお姫様か、むしろその優しい母のようだと 言う印象を持った。 「遠く扶桑からおつかれさまでした。いろいろとご苦労もあったと思いますが・・・」 「あうっ、はい・・・やはり問題で・・・?」 ご苦労という言葉を、先日の失態の遠回しな表現と受け取った中尉はおおげさに身をすくめ、 ごくゆっくりと言葉を継いだのだが、相手にその意図はなかった。 「いえ・・・あ、そういう意味ではなくて」 「意味ではなくて?」 「そのう・・・」 今度はグリュンネ少佐が言いよどむ番だった。 「ディジョン基地のほうで、辛いことはありませんでしたか・・・?」 「へ?」 黒田中尉の素っ頓狂な返事に、少佐は小動物のように身をすくめる。 「私たち・・・その・・・あまりリベリオンの方々に好かれていないようなので・・・」 「ええ?」 かみ合わない認識に、黒田中尉の声がひときわ大きくなる。 「向こうの人みんな親切でしたよ。いやみんなかどうかは二、三日じゃわからないか~。 そりゃさすがに、竹馬の友って感じじゃあないですけど、向こうの絵札遊びとか教えて もらったし、いい人達でした!あ、竹馬っていうのは扶桑の遊びでして、転じて・・・」 思いついたままを勢いよく口に出す中尉に圧倒されたグリュンネ少佐だが、とにかく その元気さに安心はしたようだ。 「じゃあ、なにか辛い目にあったってことは」 「ありません!」 「そう・・・よかった」 よかった、と言われても安心できないのは黒田中尉のほうである。 「向こうの人と中悪いんですか?」 「いえ・・・その・・・別に喧嘩をしているわけではないのですが、向こうは向こう、うちはうち  と言う感じであまり交流もなく・・・よくないことだとはわかっているんですが」 「ううん・・・」 中尉としてはどう答えた物か。とにかく、ここに配属された以上は給料分の働きをし、 国許の祖父母に楽をさせてあげるのが先決である。頭を使う問題は、自分の領分ではなかった。 ただ、自分の出会った陽気で人懐っこいリベリオン人と、少佐の心配事が頭の中で 重ならない違和感は残る。 「そうだ!少佐、これ」 黒田中尉は、手荷物から一本のビンを取り出した。 「これは・・・?」 「コーラです。向こうの人にお土産にもらいまして~ ブリタニアで言えば紅茶みたいな、 毎日飲んでも飽きない物だそうです。無いと死ぬくらい。慣れないうちは薬臭いかもしれませんが」 「いただいていいの?」 「はい、別に私個人宛って訳でもないですし、それに」 袋の口を大きく開くと、まだ数本のビンが雑嚢に収まっている。 「自分の分もとってますから」 黒田中尉は明るく言い切った。 「それでは、失礼します」 「はい、わからないことがあったら、何でも聞いて下さいね」 「お願いします。あ・・・ところで少佐、栓抜き大丈夫ですか?その、使い方も含めて」 「もう・・・そこまでのお姫様暮らしではありませんよ」 優しく微笑む少佐の様子に安心し、黒田中尉は隊長室をあとにした・・・途端 「わ・・・ひゃっ!」 ドアの向こうからグリュンネ少佐の叫び声が上がる。 「少佐!」 あわてて部屋に踏み込むとそこには、吹き上げたコーラの中身で、作業中の書類と制服を 塗らした少佐の姿があった。 「やっぱり・・・嫌われてるのかも・・・」