1945年初頭 ガリア中部 ディジョン 506JFW B部隊基地 「短い間ですが、お世話になりました!」 元気のよい声と、深々としたおじぎを皆の記憶に残し、黒髪のウィッチは飛び去っていった。 「面白い子だったな、また会えるといいんだけど」 黒髪のウィッチを見送ったリベリオン海兵隊、ジェニファー・J・デ・ブランク大尉の呟きは、 30分後にかなえられることになる。 「なあ、あれ黒田中尉じゃないか?」 整備員達のざわつきを耳にして、ブランク大尉はまさかと言う気持ちで滑走路に出た。 そこに滑り込んできたのは、確かに、先ほど見送ったばかりの黒髪のウィッチ ~黒田邦佳・扶桑陸軍中尉~である。 僅か数日を共に過ごしただけの関係、泣いて別れを惜しむほどの仲ではないが、 互いの好意のうち、武運を祈って送り出したばかりの相手ではないか。 また会えるといいとは言ったものの、それが30分後というのでは、情緒も感動もあった物ではない。 ただ、深刻な顔つきの黒田中尉を前にすると、ネウロイがカールスラント国境を突破し、この基地に 迫っている、そんな報告を持ち帰ったのではないか・・・と不吉な思いが頭に浮かんでくる。 「一体何が・・・」 ブランク大尉が言い終わる前に、黒田中尉は出ていった時よりさらに深々としたおじぎをしながら言った。 「ごめんなさい!忘れ物しちゃって!」 雑嚢いっぱいににあれやこれやと荷物を詰め直す黒田中尉を呆れつつも手伝い、 今日二度目の見送りを済ませたブランク大尉に、同僚が声を掛ける。 「あれが扶桑の貴族さまとはね、しんじらんない」 率直な物言いは、リベリオン海兵隊のマリアン・カール大尉。 「でも、悪い人ではないですよ」 ブランク大尉が返す。 「そりゃそうだ、貴族の家に生まれてりゃ、せこい悪さをする必要なんてないさ」 農場の生まれで、苦労して学を修めたカール大尉は手厳しい。が、その口調には、 模範的な子供とは言いがたかった、過去の自分への皮肉も混じっているようだった。 「そういう意味じゃなくて・・・意地悪いですよ。マリアン」 リベリオン国籍を持ち、自分の代では既に実質的な意味を失っているとはいえ、 ヒスパニア貴族の末裔に連なるブランク大尉は、自分のことを言われたようで、 拗ねた口調でつぶやく。 ブランク大尉のこういう態度には弱いカール大尉である。 「ああ・・・悪かった。今のは取り消す。それに、私だって黒田のこと嫌いじゃないよ」 気まずさと照れ隠しから、カール大尉は話題を余所に向けるとにした。 「黒田はあっち(A部隊)よりうちのほうがお似合いじゃないか?中佐」 大尉から話を振られたB部隊隊長のジーナ・プレディ中佐は、本国から送られてきた 雑誌から目を上げると、否定とも肯定とも付かないジェスチャーで肩をすくめるだけだった。 --------------------------------------------------------- 同日・数時間後 ガリア北東部 セダン 506JFW A部隊基地 1944年、501JFWらの活躍により解放されたガリアであったが、 復興を巡る国内での政治的な駆け引きと混乱に加え、そこに影響力を持とうと 援助を申し出た各国列強の思惑に翻弄されることとなった。 混乱の余波は軍事面にもおよび、ガリア防衛のためと新設された506JFWは、 純軍事的な必要性とはかけ離れた形で編成される。 その象徴といえるのが、各国の貴族のみで構成されたA部隊と、リベリオン人 だけで構成されたB部隊、そして、ディジョンとセダン2カ所に設けられた基地である。 「はあ、やっと着いた」 欧州はガリア、506JFWに所属せよとの命令を受けた黒田中尉は、定刻どうりに同部隊に 合流した・・・ はずだったのだが、指定された貴族中心のA部隊・セダンでなく、何を間違ったのかディジョンの B部隊に出頭し、双方の指揮官を呆れさせることになったのである。 使用していたストライカーが不調だったため、整備と休養をB部隊で行い、本来の 目的地、A部隊のセダン基地に到着したのは、予定から二日遅れとなっていた。 「同じ部隊なのに離れたところに基地構えちゃって、ややっこしいなあもう」 己のそそっかしさを棚に上げ、中尉は愚痴をこぼす。 とはいえ、そのような複雑な事情があったからこそ、分家の貧乏華族出身である 自分がガリアに派遣されたわけだし、それに付随した経済的特典の数々を 手にすることが出来たのである。 尤も、中尉にとっては経済的要因こそが主題で、ガリアでの任務は、クビにされない 程度に働けばよいという、こちらが付随物と言える扱いであった。 僅かな時間ですっかり馴染んだ、B部隊の気楽な空気に後ろ髪を引かれつつも、 まずはソロバン勘定が優先である。 「これでじっちゃんとばっちゃんにも楽させてあげられるかな~」 本家の人間が聞いたら目を丸くしそうな”平民言葉”をつぶやくと、中尉はセダン基地へと 降下していった。